先週の初めに小学校2年からの友達が
逝ってしまいました。
他人と上手く折り合えなくて何時も1人
だったのは思えば幼い頃からでしたから
たった1人私に向かって笑いかけてくれる初めての女の子。おかっぱ髪にドングリ目玉、鼻も丸くて背丈も小さい。
可愛い子でした。町にひとつの保育園に通っている頃は見た事が無かったのは
足に障害があり遠方の病院に入院していたからでした。
学年2クラスの同級生たちは皆保育園からのグループが自然に作り楽しげに話したり遊んだり、ポツンとドングリ目玉さんと私、何時も一緒でした。クラスの悪意の無い好奇心や無関心がドングリ目玉さんを傷つける事もあったけど何時も手を繋いで過ごしました。
小学校を卒業して中学校に入学した私達は初めて別のクラスになりました。
今思うとドングリ目玉さんのご両親は心配されてたんでしょうね。
もっとたくさんの友達を作って欲しかったでしょう。
歩く事以外は普通の女の子でしたから
私が張り付いていたら私の為にも良く無いと周りの大人が深慮遠謀したのでしょう?ドングリ目玉さんは明るく思慮深く
優しくて中学校で友達がたくさんできました。ご両親もホッとされたのでしょう
私とドングリ目玉さんはやっぱり友達のまま、中学を卒業して高校生と家事手伝いとなっても遊びにいったし、電話したりその後も離れてしまいそうになっても
何故か又友達としてもう56?57?年?
忘れた頃に連絡してルームメイトになったりお互いに結婚して子供が産まれて
子育てや旦那達の愚痴話に花を咲かせて
お互いに身体に不調をきたして病院生活、自宅療養と次第にお互いの家を行き来が出来なくなっても電話、携帯、スマホが私達を繋いでいました。
ドングリ目玉さんの最後が近いと感じることもありましたが 離れても何処にいるし話そうと思ったら話せて一年に数回話しても友達だった人でした。最後を自宅のリビングにベッドを置いて介護職の1人娘,孫、連れ合いに見守られて幸せな最後だったと思うのです。まだ67歳だったけど、私は置いてけぼり、一緒について行く訳にもいかず、グジグジとドングリ目玉さんの思い出をおりにつけほじくり出してしまいます。何でも話せた人が居なくなり何とも 頼りない毎日を
多肉に助けてもらいます。
辛くても口に出さず前を見た姿がかさなります。
